jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
千砂兎さんは、今まで見た中で、一番美しい嬌笑を浮かべていた。
「あぁ、消えさせやしないよ。あのネックレスには意味がある。『青い涙の世界に沈んだ、情熱持ちの桃色の薔薇は、海にも負けない美しさを放つ』ってね」
そう言って、クスッと笑ったあと、香さんを真剣に見据えた。
「頼む。温もりだけを分けてくれないか?」
香さんは黙っていた。
さっきから、ひたすら黙っていた。
沈黙が続いたあと、渋々口を開いた。
「・・・・・・あぁ、分かった。蕾の姉として頼んだ」
感動に浸ったわたしは、しみじみと香さんの顔を見つめていた。
志音や秀斗は、どう思っているのか気になったが、瞳が潤んで視界がぼやけていたせいで、表情までは分からなかった。
あらゆる意味で、透き通った店内には情感が漂っている、少なくともわたしだけはそう思えた。
しかし、そんな輝かしいシーンは、つかの間の上映だった。
「姉はやめてくれないか。しっくりこないんだ。兄で頼んだ」
「やはり、そうか」
即座に突っ込んできたのは、香さんではなく、志音だった。
「見た目からして、そうだろうと目星は付けていたが、わたしと同類のようだ」
志音は、この幕で、やっと悪戯な笑みを浮かべることができた。
極め尽くした、誇り高きパンクファッションを、千砂兎さんに見せびらかすように距離を縮めた。
「ほぉ、なかなか素晴らしいファッションセンスだ」
意外にも、千砂兎さんウケしたようだ。








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