jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
マロンの餌を床に置き、再びわたしを見たお婆さんの瞳の奥には、怪しげな光が宿っているようだった。
『思う存分教えてあげるよ』とでも言いたそうな意地悪そうな顔つきだった。
それは、おとぎ話の魔女を連想させた。
主人公のわたしは、哀れにも魔の手から逃れられなかったようだ。
だけど、それを選択したのは自分で、お婆さんは実際魔女でもないし、何の責任もないのだ。
取り返しのつかない方向に持っていった自分に、後悔の念が浮かんできたせいで、そんな喩を使わざるを得なくなったのだ。
(自業自得だ)

わたしの胸中は複雑だったが、お婆さんにデリカシーがあるはずもなく、心構えができるまで待ってくれる気配は微塵もなかった。
「8年前、あの男は、2歳年下の女とあの店を開店させた。籍は入れていただろう。ポストには1つの名字しか書かれていなかった。1年ほど経ったころ、その女が早朝に大きな荷物を持って、この町を出ていくのを目撃した人がいた。それからというもの、何でも屋は、あの男1人になった。いつも届けにくる郵便屋に聞くと、その女からの手紙が1カ月に1度ほど届いていたそうだ。しかし、1年ほどで手紙も届かなくなった。おそらく音信不通になったのだろう。今では行方不明として捜索されている。6年が過ぎた今でもな。あいつが妻を待っているのか、諦めてピリオドを打っているのか、そこまではわしも知らんよ」






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