jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
わたしは、手を掴む余裕も生まれず、ドライアイの目を更に見開くことになってしまった。
「見つけたって? あなたがわたしを?」
「わたしは見ていた。毎日、あなたがこの公園のベンチに座っているのを」
志音の中には恥という感情が存在しないのか、堂々とした態度でわたしを正視していた。
一方のわたしは年上にも関わらず、落ち着きがなく、おどおどするばかりだった。
しかも、あのジャージ姿を見られていると思うと、羞恥心に支配されて、目を合わせることも困難になってきた。
「恥ずかしいなぁ・・・・・・。いつもはあんな格好じゃないの。それに、今まで公園で読書することなんてなかったし、仕事の帰りに寄り道なんてこともほとんどしていなかったし・・・・・・。あなたを見つけるためだったの。誤解しないで・・・・・・」
「格好なんてどうでもいい。わたしが勝手にあなたに惹かれただけ。ただそれだけ」
志音は気が強いのだろう、身につけた黒は、自分の考えは曲げないことを主張しているかのようだった。
漆黒には何色を混ぜても敵わない。
年齢なんて関係ない、志音には初めから負けていた。
だけど、心地いい負けだ。
これからどんどん負かされ、染められていくのかと思うと、快感で血が騒ぎ出しそうになった。
そんな気持ちを見透かされないように、わたしは志音に慌てて問うた。
「でも、どこからわたしを見ていたの?」
志音は相変わらず、淡々とした態度だ。
「公園近くの美容室。建物の3階だったし、仕事中だから会いにいけなかった。日曜は早く終わる。あなたが日曜の夜に現われるのを待っていた。少し待たせすぎだ」




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