jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
次の朝、すずめの鳴き声で目が覚めた。
(あぁ、今日は出社は午後からだ・・・・・・)
半ば呆れながら、わたしは愛しい香さんの寝顔に目をやった。
(美しい人・・・・・・)
目も鼻も唇も、無造作に流れた髪も、わたしにとっては全てが芸術品のように思えた。
(愛してる・・・・・・)
もう1人の愛している人にもおはようを告げようと、ベットから降りた。
(ハムスターは夜行性だから、もう眠っているのね)
そう分かっていても、久しぶりに再会した我が子を抱きたい衝動に駆られたわたしは、ハウスの鍵を開け、そっと巣箱に手を入れてみた。
(!?)
わたしの嫌な予感がした。
眠っている香さんにも聞こえてしまいそうなほど、心臓がバクバクと音を立てた。
(マロンが冷たい・・・・・・。暖房だってかかっていたのよ・・・・・・)
咄嗟に、香さんを激しく揺すっていた。
「香さん! 起きて! 早く! マロンが冷たいの!」
香さんは今まで熟睡していたのが嘘のように、布団を放り投げてハウスへ飛び付き、確認し始めた。
しばらくして、香さんの動きが止まった。
そして、訪れたのは沈黙だった。
カーテンも開いていない褐色の部屋に、震える香さんの声が響いた。
「マロンは・・・・・・死んでいる・・・・・・」
わたしは信じられたくて、ただ黙って涙を流すしかなかった。
香さんの背中は震えていた。
後ろから抱き締めて慰めようと思っても、ショックで体が動かなかった。
(どうして・・・・・・やっとマロンと再会できたのに・・・・・・離れた分だけ大切にするって決めてたのに・・・・・・)
わたしたちは、2人でマロンを抱き締めて、夕方までベットの上で泣いて過ごした。
運命とはなんて皮肉なんだろう?
苦しめるために動いているのか?
わたしの胸は運命の針に縫われているかのように、キリキリと痛んだ。


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