WHITE DROP

　その時ふと、見知った顔が数メートル前を歩いていた。隣には私よりも若い、幸せそうな顔をした女の子。確か彼女は会社の後輩だ。…それは、分かっていたことだった。

「…賭けは、負けです。」
「賭け？」

　もちろん彼には何のことだか全く分からないだろう。だからこそ口にできた言葉だった。賭けには負けた。彼は結局、クリスマスイヴというこの日に私を選んでくれなかった。浮気相手の可愛い後輩の女の子を隣に選んだ。…私は、もう彼にとっていらないものになっていたんだ。それを今更知ったわけではない。もっと前には気付いていた。気付いていて、それでも言えなかったのは私の弱さで、みっともなく今日、ここで待つと決めたのも私だった。もしかしたら、約束なんてしていなくても、去年のクリスマスイヴを一緒に過ごしたこの場所に来てくれるんじゃないかという、儚すぎる期待を込めて。

「約束をしていたわけじゃないんです。」
「…そうなんだ。」

　鼻の奥が痛い。涙がじりじりと迫っているのを感じる。でも、ここで泣くのは卑怯だ。虚しい賭けにのったのは自分だけで、そんな賭けで大敗しただけのことなのだから。

「…っ、ごめんなさい。あなたには何のことだか…全然、分からない…です、よね？」
「全然、じゃないですよ。少しだけ、分かります。」
「え？」

　予期せぬ角度からの返事に驚いて、涙が零れ落ちる寸前の顔であると分かっていながら顔を上げた。

「僕も同じようなものです。もう来ない彼女を待っていました。あなたも、そんな彼氏を待っていたのでは？」

　私は頷いた。頷いた瞬間に、限界だった涙が零れ落ちた。それは白い雪の上に落ちて、くぼみを作る。瞬きをすると、もう一粒、両目から涙が零れた。