WHITE DROP
 唇が離れて、彼の瞳と真っすぐに視線がぶつかった。私の方といえば、目を瞑る暇もなかった。ただ、唇に甘い余韻だけが残る。…いつぶりだろう、キスしたのは。

「あ、止まったね。」

 いたずらっ子のように軽く微笑んで、彼はそんなことを言う。

「っ…あ、あなたっ…!」
「…一人じゃないよ。君が今日、ここにいてくれてよかった。君はこんな僕に出会ってしまって全く救われていないかもしれないけれど、でも、僕は救われた。僕と同じようなバカをしてくれる人がいて良かった。それが君で、良かった。」

 そう言って彼は、頬を引き寄せた手で私の涙を拭った。その手つきは繊細で、優しい。

「…なんで、キスなんか…。」
「あまりの可愛さについ…なんて言うと、僕、女たらしみたいだね。」
「た、たらしですよっ!」
「だって君の泣き顔があんまり可愛くて。失恋したてだってことを忘れちゃうよね、全く…。」

 そう言った彼の顔は確かに最初、笑顔だったのに、少しずつ歪んでいく。その少したれ目な瞳に少しずつ、涙が浮かんでいく。

「え…。」
「っ…ごめん。嘘。忘れちゃったりできたら、…こんなところにいないよね。君も、僕も。」

 彼の涙が、さっきの私の涙のように雪の上に落ちていく。透明なはずの涙が白い雪のようにも見えた。もしかしたら彼の目にも私の涙が雪のように見えたのかもしれない。

 涙を止めるために、彼が私にした手段を私も取ることに決めた。私はさっき彼がしてくれたようにそっと頬に手を伸ばす。かじかんで、やっぱり上手く動いてはくれない。それでも私は彼に手を伸ばすと決めた。

 少しだけ背筋を伸ばして、そっと重ねた唇。互いに冷え切っているから、少ない温もりを分け合えればいい。分け合うほど長い時間、触れはしないけれど。
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