WHITE DROP
「…涙、止まりましたね。」
「…まさか、君からされるとはね。」
「嫌だったんなら謝ります。」
「嫌じゃないよ。それこそおあいこだしね。」

 こんな公衆の面前で大の大人が一体何をしているのかと思われてしまっても不思議はないけれど、今日だけはどの大人だって、私達よりもずっと酷いことをしている。

「…傷の舐め合い、ですね。」
「舐めてないけど。」
「今そういう下ネタ、いりません。」
「言うね~。でも、おかげであんまり泣かなくて済みそうだよ。でも、もう少し泣いていたいけど。」
「…それは、私もです。」

 まだ、泣いていたい気分だった。こんな気持ちは初めてだ。涙はいつだって厄介なもので、すぐに止めなくてはならないものだったのに、今日はそうじゃない。受け止めてくれる人がいれば、涙は心を落ち着けるためには必要なものなのかもしれない。

 適度な距離を保ったまま、ひとしきり泣いた後、彼はおもむろに立ち上がった。

「…ありがとう。」
「え?」
「君がいたから泣けた。だから、そのお礼。あと、君の貴重な唇をいただけたことにも、感謝を。」
「っ…そ、そんなことは言わなくていいです!」
「どうして?大事なことだろう?」
「…大事なことは、それじゃないです。それよりも…。」
 
 もっと大切なことを、聞かなくては。

「名前、教えてください。」
「え?」

 名前が知りたかった。君とあなたではなく、名前を。

「…う~ん、そうだなぁ。じゃあ…。」

 彼がそっと私の手を取り、ぎゅっと握りしめた。その手に込められる力は思いの外強い。

「このままもう少し歩いてくれたら、教えるよ。」
「…仕方がないですね、じゃあ付き合います。」

 白い雪に溶けた涙はいつの間にかもう消えた。完全になくなりはしないけど、今、二人の心をしめるのは白い涙ではない。

「…それってこれからもってこと?」
「それは違います!…考えて、からです!」

*fin*
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