コンプレックス×2
崇は観念して俯いた。
今後のことをあれこれ考えようとしていると、突然久治がうれしそうに叫んだ。
「やりぃ! 昇! オレの勝ちだ!」
「なにーっ?! マジかよ、崇ーっ!」
久治のうしろで昇の悲痛な叫びが聞こえる。
今ひとつ状況が飲み込めない崇は久治に尋ねた。
「何の話だ」
久治は勝利の喜びから饒舌になる。
「昇と賭けたんだよ。おまえが香織ちゃんと一夜を共にしておちるかどうかをさ。崇は生真面目だからツアー参加者とは絶対に間違いを起こさないって昇は主張したんだが、オレは絶対におちると思ったね。みごとオレの勝ち」
楽しそうに話す久治の声を聞きながら、崇は沸々と怒りがこみ上げてきた。
「おまえら! ひと をおもちゃにして遊びやがって! クビになるオレの今後はどうしてくれるんだ!」
崇の心配をよそに、久治は軽く答える。
「ああ、大丈夫。心配ないない。香織ちゃんはツアーの正式な参加者じゃないんだ」
ゆうべバスに戻った久治は、参加者の名簿に香織の名前がないことに気付いた。
結婚詐欺などに利用されてはまずいので、参加者は全員申込時に、必ず実名、住所、連絡先を登録することになっている。
参加者の変更は前日までに知らせなければならない規則だが、香織は当日有紀によって急遽代理で連れてこられたらしい。
次の休憩場所で久治が有紀を問い質したところ、それが発覚した。
だが有紀はバスターミナルで、久治と昇が賭の話をコソコソしているのをちゃっかり聞いていたのだ。
香織の荷物を残したままバスを出発させた時、スケジュールが押しているので町に着いてから宅配で送るという久治の苦しい言い訳に、納得したフリをして黙っていた。
そして代理参加を問い詰められた時、崇が香織に手を出したなら、それを黙っている代わりに代理参加を不問にするよう取引を持ちかけてきたのだ。
そうなるように仕向けた、久治たちの事ももちろん黙っていると。
なかなかの策士だ。
後ろ暗いところのある久治たちは、喜んで条件を飲んだ。
「おまえら間抜けだな」
「何言ってんだ。おかげておまえの首がつながったんだろ。よかったじゃないか。だってオレ、おまえがつっかかってんの見てすぐわかったよ。彼女、モロおまえの好みじゃん。一目惚れだろう」
「な、何言って……!」
久治の言葉に、崇は顔に血が集まってくるのが自分でわかった。
言葉を失っている崇を、久治が更にからかう。
「あれ? やっぱ図星? だっておまえ中坊の頃から変わらねーじゃん。好きな子にやたらとからむの。いいかげん大人になれよ。じゃ、彼女の荷物は本当に宅配で送るから、後はよろしく。なんならもう一発やって帰れば?」