コンプレックス×2


 その結果、香織はあからさまに不服そうな表情を浮かべた。


「崇くんなの……」
「オレで悪かったな。ほら、行くぞ」


 ムッとしながら強引に腕を掴むと、激しく振りほどかれた。

 そういえばこいつ、男嫌いだった。
 さっきの男の事を思い出したのかもしれない。
 身を硬くして緊張した表情が、男に対する警戒心を物語っている。


「悪い。もう触らない」


 崇が軽く手を挙げて詫びると、香織は少し赤面し、苦笑しながら言い訳した。


「違うの。私、トイレがまだだったから」
「じゃあ、ここで待ってるから」


 香織がトイレに向かい、崇を残して他の者はバスへ引き上げた。

 当初の目的通り、崇は缶コーヒーを買い、壁にもたれてそれを飲んでいた。
 するとトイレから戻ってきた香織が、自動販売機コーナーの入口で大声を上げた。


「あぁっ!」


 そちらに視線を向けると、香織は外を凝視したまま固まっている。


「何だ?」


 怪訝に思い尋ねる崇に、香織は外を指差しながら悲愴な面持ちで叫んだ。


「バスが行っちゃった!」
「何?」


 慌てて香織の元に駆け寄り外を眺めると、黒煙を上げてバスが遠ざかっていくのが見えた。
 その後ろを昇の乗った車もついていく。


「どうしよう。私の荷物、バスの中なのに」
「オレだってそうだよ。あいつら何考えてんだ!」


 崇はすかさず携帯電話で久治に連絡を取った。
 しかし何度かけ直しても、留守番メッセージが流れるだけで久治には繋がらない。
 昇は運転中だから、どうせ電話には出られないだろう。

 軽く舌打ちして、崇は携帯電話をポケットに収めた。

 てっきり昇の乗った車を置いていってくれるものと思っていた。
 手持ちの金は手帳に挟んだ一万円と小銭入れだけ。
 深夜料金のタクシーで、町まで出られるか微妙だ。

 一応香織に確認すると、彼女はハンカチ以外何もかもバスに置いてきていた。
 友人がバスに残っていたので、何も持たずに出てきたらしい。

 他人のことを、とやかくは言えない。
 崇自身も財布は荷物の中だ。
 最前列の運転手から丸見えの席で、荷物をまさぐる奴もいないだろうと考えたからだった。

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