コンプレックス×2


 元々香織は、警戒しているようで隙だらけというか、思わせぶりなところがある。
 他人を名前で呼ぶのもそうだ。

 崇に限らず、久治たちも友人も名前で呼ぶ。
 今日会ったばかりの他人に対して、それは馴れ馴れしすぎるんじゃないかと尋ねたら、その方が早く打ち解けられるからだと言う。

 大方、ちょっかい出してきたあの男の事も、名前で呼んでいたのだろう。

 計算なのか天然なのか、男が勘違いしても仕方ないような気がする。

 ホテルの薄暗い部屋に入ると、二人はそれぞれ風呂に入り、備え付けの寝間着に着替え、無駄に広いベッドの両端に別れて一緒に寝ることになった。

 崇はベッドを香織に譲ろうとしたが、金を出したのは崇だからと、香織は突っぱねた。
 そのため折衷案として、一緒に寝ることになったのだ。

 合意したくせに、香織は全く警戒を解いていない。
 崇が少しでも動くとピクピク反応し、こちらに向けられた背中から、ひしひしと緊張が伝わってくる。

 しばらくそんなことが続き、たまりかねた崇は身体を起こした。
 香織が一際大きく、身体を震わせる。


「あのさぁ。オレが寝返り打つ度にビクつくのやめてくれないか? こっちだって気になって眠れやしない」

「ごめん……。わかってるんだけど、でも……」


 涙声に少し焦りながら、崇はため息をついた。


「まぁ、おまえ、男苦手みたいだし。嫌いなオレのこと信用できないのはわかるけど……」


 香織がクルリとこちらを向いた。
 てっきり泣いていると思っていたら、あっけらかんとして言い放つ。


「ううん。崇くんの顔は割と好き」


 思わず苦笑する。


「あ、そ。"割と"ね」

「崇くんこそ私のこと嫌いでしょ。怒ってばかりだもん」

「おまえがうかつで隙だらけだから、ついつい口出ししたくなるんだ。別に嫌いで怒っているわけじゃない」

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