Music Art Fair
「ちょっと待って下さいね。」
「直ぐ弾け。」
「初見(見て直ぐ演奏する事)ですかぁ!」
「当たり前だ。馬鹿。」
 僕が情けない声を上げると、直ぐ姉さんに切り捨てられました。姉さんは本当に無茶です。
 それで弾き始めて間違えても怒られるのです。堪ったもんじゃありません。
 でも僕は弾き始めました。大きな間違えをしなければ良いのです。
 僕が伴奏を始めると、姉さんは歌い始めました。
 かなり歌い込んでいたようです。楽譜の指示している事は、全て完璧でした。それに加えて、狂ったルチア。弾いていて、鳥肌が立つようでした。
 全ての演奏が終わると、僕達は暫く余韻を楽しみました。でも、それが終わると。
「お前は何を学んだんだ?」
 お説教が。始まります。血の気が引きました。
「初見じゃなかったら張っ倒してんぞ。」
「ご、ごめんなさ――」
「何が悪かったか言ってみろ!」
 姉さんが乱暴にピアノの鍵盤を叩きました。昨日、調律してもらったばっかりなのに。
「雪乃?」
「え、えっと――。」
 もし。もし神様や仏様がいるのなら、今のこの瞬間に僕に手を差し延べてくれないでしょうか。僕はそう思いました。
「狂乱の宴が何たるシーンか考えずに弾いていました。」
「分かってるんなら最初からやれ。」
 やっぱりこうなってしまう運命なのでしょうか。僕は姉さんに思い切り頬を引っ張られてしまいました。とっても痛いです。僕の頬が沢山伸びます。姉さんが延ばしている爪が痛いです。
 かと思うと、急に手を離されてしまいました。痛さ倍増です。
「あたしの地位が上がるかどうかなんだよ。しっかりしろ。」
「・・・。はい。」
 僕が伴奏するんじゃないのに。本当は、そう言いたかったけれど言えませんでした。だって、姉さんの眼が怖かったから。
 蛇女。姉さんには、その言葉も当て嵌まるのではないでしょうか。
 僕は鍵盤に手を置きます。今度はちゃんと考えて、姉さんに怒られないように。
 姉さんの息を吸う音が聞こえます。その細い身体にどうやって入れているのかと言うくらい。――いえ、胸がありました。
 子音が聞こえて、姉さんは歌い始めます。愛の喜び、悲しみ、切なさ。全てをぶつけるように。
 姉さんはとっても暴力的で怖いです。けれども、歌だけは一級品です。
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