雪の足跡《Berry's cafe版》

 結局、食事を終えて再び板を履く。4時まで待って八木橋が戻って来なかったら帰ろう、そう考えて滑っていた。少し母への罪悪感はある。本当は夕方には自宅に戻って料理の手伝いをするつもりでいた。明日は日曜日で仕事休みだし、普段から夕食は遅い。ぎりぎり8時には帰ろう……。

 日も暮れてレストハウス前まで戻る。ガラス越しのそこは夕方で人は疎らだった。板を外して地下にある更衣室に行く。着替えて化粧をし直す。今日はピアスはしてない。あの夜、雪のピアスに触れた八木橋が悲しそうに怒ったように私を見たのが思い出されて、ピアスを選ぶのも付けるのも躊躇した。爪はほんのりピンクのネイルカラー。薬指にだけキューピッドが矢を引くイラストシールを貼った。なんとなくのおまじない。

 支度を済ませて荷物を先に車に積んだ。心なしか、辺りがざわついてる気がした。駐車場スタッフの数も多いし、あちこちでスキー客が集まって話をしている。ホテルのロビーに向かうと、酒井さんもグレーのスタッフコートを着て玄関でお客さんと話していた。スタッフもいつもの倍もいて、やっぱり慌ただしい雰囲気に嫌な予感がする。近くのスタッフに尋ねた。


「あの、どうしたんですか?」
「県道で事故がありまして……」


 そのベルスタッフは説明を始めた。国道につながる県道で事故があり、通行止めになってて解除の見通しが立ってない、と。スタッフが沢山スタンバイしてるのは、これから帰るお客さん達を誘導するためだった。


「そんなに大きい事故なんですか?」
「スリップした車に5台ほど追突したようです。夕刻で混む時間でしたので」


 血の気が引く。帰らなくちゃいけないのに。帰らなくちゃ……。

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