雪の足跡《Berry's cafe版》
酒井さんは渋々鍵を八木橋に返した。
「今晩うちに帰れそうにないから泊めてもらおうと思ったのに」
「バイトの相部屋が空いてるだろ」
「ちぇっ。ヤギだけ今晩お楽しみかよ」
「アホ!」
八木橋は夕飯取ってくるから待ってろ、と言って酒井さんと部屋を出た。10分程してノックする音がする。八木橋の、開けてくれ、の声で私は立ち上がりドアを開く。八木橋だけが戻っていて両手にトレーを持っていた。ひとつ受け取りちゃぶ台に置く。八木橋は座るとお茶を一口啜り、大盛りのご飯にかぶりついた。ユキも食えよ、ここの肉じゃがは旨いぞ、と食事を勧める。私も箸を手に取り食事をする。八木橋の言う通り肉じゃがは美味しかった。野菜によく味がしみて、じゃがいももホクホクして、甘くて美味しかった。母も料理上手だけど、こういう食堂の方が大きな鍋で作るから煮物はよく煮染められるのかもしれない。ふと母を思う。父が亡くなる前は家族3人で過ごしていた私の誕生日。父が亡くなってからは母と二人で過ごしていた。今夜、母は家にひとりでいる。
「どした?」
私のために私の好物ばかりを作ってテーブルに並べきれないほど皿を置いて。きっと、二人分って難しいわね、と零しながら私の帰りを待っていただろうに。