雪の足跡《Berry's cafe版》

 思いがけず行けることになった四度目の旅行に不安を感じながらも、それより困惑していたのは、母の様子だった。


「14日はバレンタインだものね、シフォンがいいからしら、ブラウニーがいいからしら」


 母は本棚からお菓子作りの本を広げて眺めている。


「軽く摘めるからブラウニーがいいんじゃないの?」


 半ば諦め気味に私は母にアドバイスした。父が亡くなってからはバレンタインにお菓子作りをしなくなった母が、沈んでいた母がこうして明るくなったのは感謝したいとは思う。でも、年甲斐もなく、娘とそう変わらない歳の八木橋に、という点は腑に落ちない。アイドルグループや若手演歌歌手に熱を上げる方が何倍も健康的にも見える。


「ユキも作りなさいよ」
「わ、私は別に……」


 八木橋に作ったって、喜ぶかどうかは分からない。冷たくあしらわれたら嫌だし、何より料理上手な母に勝てる筈がない。比べられて軽蔑されるのがオチだ。


「ナッツもいれた方が喜ばれるかしら。男の人だから甘さは控えた方がいいかしら」


 甘い方が八木橋は好きみたいよ、と言いかけて口を閉じる。敵に塩を送るみたいで……。敵??


「……」


 母親を相手に何を考えたのか自分に呆れる。ケーキの好きな八木橋に受け取ってもらえるなら私だって焼きたい。そんなことを考えて、自分が八木橋に作りたいと思ってることに気付いた。

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