雪の足跡《Berry's cafe版》
レッスン中だった八木橋は横目に彼女を見るしかなかったが、目の前で彼女は転び、その拍子に板が外れ、その板が八木橋の目の前に飛んで来た。八木橋は板を拾って彼女の元へ届けた。彼女は心配する八木橋に、大丈夫です、すみません、大丈夫です、を遠慮がちに繰り返すだけ。そこへオフで滑っていた酒井さんがひょっこり現れ、彼女に付き添い、レストハウスまで下ろした。彼女はシャトルバスで一緒に来ていた友人とはぐれていたけど、そこで再会し、勿論酒井さんは合コンを持ち掛けた。
「一人で来て一人で滑れる青山さんとは一見、正反対だけどね」
「た、逞しくてすみません」
「ほら、そうやって自分を隠すところ」
元カノはスキーや雪山は苦手でそれっきりスキー場には来なかった。でも八木橋は板の開発にあたり、会議や打ち合わせで東京に行くことが多かった。多分、その出張先で会っていた。しかし開発も終え、春先に行われた予約販売のプロモーションを最後に八木橋は東京に出ることは無くなった。そしてしばらくして八木橋と元カノは別れた。
「ヤギは怖いんだと思う。同じことを繰り返すんじゃないか、ってね」
「同じこと?」
「僕もそうだけど、ヤギも山を下りられない人間だからね」
山を下りられない……、別に遠距離恋愛だって十分続けられると思う。私が彼女だったら、毎週は無理でも月イチで会いに行くし、八木橋だってシーズンオフになれば会いに来てくれそうなのに。元カノは何が不満だったのだろう、八木橋も何が不満だったのだろう。