雪の足跡《Berry's cafe版》

「な、亡くなった人のことを悪く言わないでよ!」


 私は思わず立ち上がり、テーブルを両手で叩いていた。


「……座れよ」


 回りの視線を感じて仕方なく座る。八木橋はバツの悪そうに立ち上がるとウォーターサーバーのところへ向かった。

 3年前、父は亡くなった。心筋梗塞。突然の出来事だった。65歳の定年を目前にして倒れた。健康が自慢で、スキー馬鹿で、真面目で優しくて。ようやく出来た娘は可愛いかったんだろうと親戚には口癖のように言われる。

 八木橋は水を注いだコップを2つ持って席に戻って来た。片方を私に無言で差し出す。仕事をサボり、顎で人を動かすこんな奴とは大違い。対極。対岸。正反対。


「食えよ」
「さっきも聞いた」


 私はパスタを丸めて口に入れた。黙々と食べる。確かに父はカービングが馴染まないとこぼしていた。会話もなく、ひたすら口を動かす。八木橋はカツ丼を一粒残らず綺麗に平らげると、脇に置いたケーキに目をやった。


「どっちがいい?」
「え?」
「だからどっち」
「八木橋さんが食べるんでしょ?」
「二つも食えるかよ、馬鹿」
「ば、馬鹿??」


 思わずフォークでパスタを突き刺した。皿に当たりコツンと大きな音が出る。


「……好きな方、選べよ」


 アンタも食いたそうにしてたから、と目を逸らした。そして顎でケーキを指す。


「じゃ、チーズ」


 八木橋はそれを聞くとチョコの皿に手を伸ばし、ざっくりとフォークを挿した。多分30歳位。大の男がハート型のケーキをかぶりつくのはちょっと滑稽さが漂う。思わず鼻がひくつく。


「わ、笑うなよ」
「可愛い」
「……うるせえよ」

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