雪の足跡《Berry's cafe版》

「喧嘩でもしたの?」
「そんなんじゃない……」


 母経由と言えど、電話をくれて経過を聞けたのは嬉しかった。本当はそばにいて傷の手当をしたかった。もし恋人だったら出来ただろうか、奥さんだったら出来ただろうか。あの6畳ほどの宿舎の部屋で。


「お、奥さん……」


 こんなときに自分でも何を考えてるんだろうと思う。自分が八木橋の奥さんになったことを妄想した。やっぱり宿舎住まいなんだろうか、6畳だと二人では狭いしもっと広い部屋はあるんだろうか、それとも妻帯者は麓のアパートにでも住まいを借りてるんだろうか。


「奥さん? やっぱりプロポーズされた?」
「違う! 大体知り合って2ヶ月と経ってないのに、そんなこと」
「時間が経ってればいいの?」


 母にからかわれた。もし私が八木橋と結婚したら、この人はどうなるんだろう。私が山に嫁げばこの家にひとり残される。八木橋が婿入りでもしてこの家に来ない限りは母はひとりだ。八木橋がこの家に?、八木橋を山から引きずり下ろす??、そんなこと八木橋がする訳無いし、私だってしたくない。じゃあ逆に母も連れて雪山に嫁ぐ……?

 母は寒い雪山は苦手だ。こっちにいれば妹や義弟も義妹も友人もいる。父と建てた、父と暮らしたこの家もある。母を連れて八木橋のところになんか行けない。

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