雪の足跡《Berry's cafe版》

 若い頃からスキーしか頭になかった父は、学生時代にスキー場近くの民宿で住み込みバイトをしていた。そんな父は浦和で就職した後は悶々としていたという。昔の週末は土曜日は半日で、スキーに出掛けても満足に滑れなかった。なら、雪山に生活拠点を置けば空いた時間にいつでも滑れる、そう考えていた。

 そんな折、母と知り合う。母は耳にタコが出来るくらい一升瓶を抱えた父から夢の話を聞かされた。目を輝かせて雪の話をする父、それを頷いて聞く母。そして2人は初デートにスキー場を選んだ。母はスキー未経験だった。寒い路肩で手際良くチェーンを付ける、板やブーツを二人分担ぐ、何度も転び、何度も板が外れても何度も拾い、熱心に教えてくれた父に母は惚れた。


「昔は滑り止めって言っても紐で板と靴を結ぶだけでね、紐が外れたら板は限りなく滑っていっちゃうのよ」


 でも父さんは嫌な顔ひとつせず、板を拾っては坂を上った。数ヶ月して二人は結婚を決める。父は自分の夢に母がついて来てくれるものと信じていた。

 式を挙げて借家に住む。シーズンインすれば毎週父はスキーに行った。初心者の母は足手まといになりたくないとたまに行く程度だった。寒いのが苦手だったこともある。昔のウェアは今のように防寒に優れてはいない。冷え症の母はすぐに手足の指が冷えて感覚を無くす。足が遠退くのも当然だった。そのうちに母は妊娠する。


「ユキにも前に話したけど、流産しそうになってね」


 医師から安静を言い渡される。父も勿論心配してくれた。でも安定期に入る頃、お腹の赤ちゃんは流れた。

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