雪の足跡《Berry's cafe版》
天気は晴れ。風も無い。そう聞けば絶好のコンディションにも取れる。でも3月、春を間近にしたゲレンデは雪が溶けてシャーベット状態。重い雪質。エッジを効かせ過ぎればすぐに足を取られる、かと言ってブレーキを掛けなければこの急斜面、すぐに上体を取られる。選手皆が同条件だけど過酷なレースだと思った。精神面が左右する試合。
耳障りだった音が聞こえなくなる。それは慣れたからじゃなくて、八木橋の状態に気を取られたからだと気付く。満足のいく成績を出してほしいと願う気持ちとは裏腹に、無理はしちゃ駄目だと確実に滑り下りて欲しいと願う。早く終えてほしい、まだ滑っちゃ嫌だと思う。もう自分でもどうしていいか分からないくらい混乱していた。
少し離れたところでお子さんを肩車する親が見えた。見たことのあるウェア、菜々子ちゃんだった。手袋をした両手を広げて口元に沿え、斜面に向かって叫んでいる。
「ヤ……」
八木橋だった。ストックを突いて颯爽と滑り降りる。いつものゲレンデでは見たこと無いスピードに私は足が震えた。
「やっ……」
俯いた。怖くて見ていられない。手で顔を覆う。自分の心臓の音、早い鼓動。それに混じって応援の声が聞こえる。
「岳志、ガンバ!」
「岳志、岳志!」
その他に聞こえる女の子の声。
「ヤギせんせっ! 頑張って」
多分菜々子ちゃんだ。わあすごーい、もうゴールだよ、と彼女の声はしゃいでいる。