雪の足跡《Berry's cafe版》

 八木橋は、運転していいか?、と私に尋ねてから運転席に乗った。キーを渡すとエンジンを掛け、シートの調整をする。そしてサイドブレーキを解除すると助手席のシートに左手を掛けてバックする。後ろを振り返る八木田橋の首、顎。ハンドルを握る大きな手。


『仕事を辞めて山に来てくれるなら、俺はユキを支える』


 この人にプロポーズされたんだ、ってまたドキドキした。ときめいた、というのが正しいかもしれない。初恋のような感情に自分でも笑ってしまう、もう28歳なのに。


「疲れてたら寝てもいいぞ」
「ヤギこそ、疲れてるでしょ?」
「俺は大丈夫だから」


 八木橋はハンドルを切って発進した。スピーカーから音楽が流れる。へえ、ユキはこんなの聞いてんだ?、と鼻唄を歌う。ヤギは?、と尋ねると、スキー場で毎日毎日有線聞いてるからな、あんまり聞かねえな、と答えた。そこから昔好きだった曲や芸能人の話になる。レンタルしたCDを返し忘れてそのCDが買える位の延滞料金を徴収された話とか、弟と折半して購入したゲームソフトを弟が勝手に弟の彼女に貸し出した話とか。たわいもない話なのにスキー馬鹿以外の八木橋の一面が見れて嬉しかった。そして改めて、自分が八木橋のことを何も知らないと思い知らされる。カツ丼とチョコケーキとスキーと日本酒が好きで、インストラクターをしていて、それぐらいしか知らない私に愕然とした。

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