雪の足跡《Berry's cafe版》
私は小さな疎外感を覚えて階段を上った。
翌朝、目が覚めて階下に行くと、母がちょうど出掛けるところだった。淡いピンク色のスーツ、シフォンのスカーフ。
「八木橋さんがお見えなのにごめんなさいね、母さん妹と出掛けるから」
母はそう言って嬉しそうにそそくさと玄関を出た。私は洗面所で顔を洗い、ダイニングに入る。八木橋は朝食を取っていた。
「ユキ、おはよ」
「……おはよ」
何事もなかったようにご飯にがっついている。昨日プロポーズしたことも、中途半端なキスをしたことも忘れてるみたいに。
「ユキも食えよ」
「うん……」
自分でご飯と味噌汁をよそる。八木橋の向かいに座った。お茶を啜る。八木橋は母が漬けた梅干しや浅漬け、焼きたてのだし巻き卵を美味しそうに食べる。親に承諾をもらって男の大仕事を終えて荷が降りたと言わんばかりにリラックスしている。自分は役目を果たした、と。
「どした?」
不意に八木橋は視線を箸から私の顔に移した。ううん、と咄嗟に否定する。プロポーズされて舞い上がって、八木橋のことを何も知らないことに気付いてショックを受けて、母から疎外された気分になって、甘えたくて八木橋の元に行けば跳ね返されて、悩んでいるのは私だけなんだと思った。