雪の足跡《Berry's cafe版》

 八木橋から、残業で遅れる、フラワーファームの温室でも見て来いよ、というメールだった。でも私は部屋でただぼんやりしていた。八木橋は本当に私を必要としてたんじゃない、元カノを忘れさせてくれる誰かが欲しかったんじゃないか、と考えていた。

 どのくらい経ったろうか、しばらくして金属製のドアをノックする鈍い音がした。ドアを開けると八木橋が息を切らして立っていた。


「温室行かなかったのか?」


 仕事上がって温室行ってもユキの姿が無いからさ、と部屋の中に入って来る。手にはホテルのパンフレット、多分結婚式や披露宴の詳細が書かれたもの。


「どした? また具合悪いのか? こないだ来たときも青い顔してたし」


 デキたか?、それもいいけどな、と八木橋は笑ってソファに腰掛ける。


『早くユキと暮らしたかったから』


 産院から帰宅した時に八木橋が言った台詞、早く暮らしたかったのは失恋を振り切りたかったのかもしれない。

 八木橋は手にしていたパンフレットをテーブルに広げる。挙式料や披露宴の料理、ドリンク類、ドレスのレンタル代、参列者の宿泊プラン。それをひとつひとつ丁寧に説明してくれた。温室教会のベンチを飾る造花を生花に変える超過料金が幾らで、参列者の宿泊代の割引があるとか、バスは各1台ずつ無料送迎するとか。でも私は正直そんなことを考える気分にはなれなくて、ただ頷いて八木橋の話を聞いていた。


「おい? 聞いてるか?」
「あ、うん……」

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