雪の足跡《Berry's cafe版》
部屋のミニキッチンで料理をする。あの、初めて八木橋と料理をしたときみたいにドキドキしたりはしなかった。嫌な緊張感。本当は八木橋は元カノと料理したかったんじゃないかと思うと胸が苦しくなった。
食事を済ませた後、夜桜を見に行こうと提案された。すぐ近くだからと徒歩で桜を見に行く。窓下に見えた数本の桜かと思っていたけど、八木橋はその横を過ぎて更に坂を下って行く。歩道が狭いのもあったけど並んで歩く気にはなれず、八木橋の後ろについて歩いていた。いつもの黒いダウンジャケット、それくらいが正解かもしれない。私は春物のトレンチコートで少し震えていた。南風と言えど首を竦めたくなる。
しばらくして八木橋が立ち止まる。八木橋は振り返って顎でしゃくる。その先を見るとボンボリに照らされた桜並木が見えた。川のせせらぎも聞こえる。
「あ……」
言葉が出なかった。川沿いにずっと下流まで続いている桜は、5分咲きになっていた。風で揺れる度にボンボリの明かりも一緒に揺れた。
「綺麗だろ」
「うん……」
小さな橋を渡り、川沿いの歩道に入る。勿論今でも十分綺麗だけど満開だったらもっと綺麗だと思った。