雪の足跡《Berry's cafe版》
その方が私も八木橋も幸せなんじゃないかと思った。
5月になりゴールデンウイークの皺寄せで残業する。ただでさえ忙しい月初、仕方なく休日出勤した。薬局には私ひとり。ブラインドは閉めたままパソコンに向かう。待合室にある患者さん用のコーヒーを入れて一息入れる。指でブラインドを広げて外を見ると眩しい新緑が見えた。猪苗代はまだ桜の季節。
「ん……?」
薬局の患者用駐車場に見慣れない車が入り、中からスーツ姿の男性が降りてきた。その風貌から患者さんではないし、休日だし仕入れの薬品会社の人間でもない。その男性はブラインドから覗いていた私に気付いて真っ直ぐに私の方へ歩いて来る。
「??」
男性は窓越しに会釈した。私はブラインドを捩り曲げた指を下ろすことも出来ずそのまま会釈する。それから入口に向かいドアを開けた。
年齢は40代前半、彼は内ポケットから名刺入れを出すと一枚私に差し出した。
「ご自宅に連絡したらこちらだと聞きまして」
男性から名刺を受け取る。柏田稔、下水道局下水道管理課……。心当たりは無い。だって自宅の水道代はちゃんと引き落としになってる筈だし、電話で母と話したなら何故、と考えてるとその柏田さんという男性は頭を下げた。
「突然申し訳ありません」
「いえ、あの」
「実は僕……」
彼は父の知人の名を出し、見ていただけたかと私に尋ねた。
「あ……」
男性は見ていただけたんですね!、と驚いた顔をした。