雪の足跡《Berry's cafe版》

 再び八木橋が滑り出す。背中を追う。私は安堵した。だって彼女がいたら彼女に申し訳ないって思ってたから。でもその安堵する一方で苦しかった。父親の背中を重ねていた男が見ているのは私ではなくて他の女の子で、それが苦しいのだと思った。いや、違う。違う気がする。胸が締め付けられる、苦しさ。

 そのリフトを何本か滑った。私が先に滑ったり、八木橋が先に滑ったり、時折抜かしたり抜かされたりした。別にどちらかが指示する訳でもなく、なんとなく滑る。私は八木田橋の背中を見る度に胸が苦しくなり、見たくないと追い越しては、八木橋の姿が視界に無くて不安になる。

 私だって27になる。薄々は気付いてる。それを認めるか、認めないかで、何かが変わるのは知っている。

 八木橋の元カノは昨シーズンここに来て八木橋と知り合った。そして付き合い始めた。でももう別れてしまった。そんな早くそんな簡単にくっついたり離れたりするのは軽率な気がする。だいたい八木橋だって、一夜楽しめればって考えだったかもしれない。酒井さんがヤギが女の子引っ掛けて合コンしたって言ってたし、格好良く滑るインストラクターなら使い捨てで次から次へと女の子と遊べるに決まってる。酒井さんみたいに軽いノリで誰彼構わずに。

 先にリフト乗り場まで滑り下りていた八木橋が乗り場手前で私を待っている。山に囲まれたゲレンデは日が落ちるのが早い。ナイター用の照明が灯り、私の影が長く伸びる。速度を落として乗り場に近付くと、私の影が八木橋の足元に掛かる。影は近付く度に八木橋のウェアに掛かる。まるで私が八木橋の胸に飛び込むみたいに。

 日の暮れたゲレンデは寒い。もう一枚中に着たい。首回りから冷えた空気が入り、ネックウォーマーが欲しくなる。リフトに乗り込む。八木橋が私を庇うように奥のシートに座る。きっと昨シーズン、元カノにしたように……。

 すると突然、電子音が聞こえた。恐らく携帯の呼び出し音。音の聞こえる方向は隣にいる八木橋の胸辺り。八木橋は片方のグローブを取り、私に渡すとストックをもう片手でまとめて持ち、ウェアのジッパーを下ろした。そして中から音の鳴る物体をを取り出した。あの、初日のレストハウスで見た、白い携帯……。

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