雪の足跡《Berry's cafe版》
そして慣れた手つきで片手で通話に出た。
「あ、もしもし? 何かあったのか?? はあ?、明日??」
私は目を疑った。水を掛けて濡れた上に落として壊れた筈の携帯。何故……?
「年越し合コン? そんな用事で掛けてくるな、トラブルだと思っただろ、アホ」
何故通話してる?、何故ランプがついてる?、私が驚いて見てることに気付いた八木橋は、通話を終えると舌打ちでもするかのようにウェアの内ポケットにしまった。
壊れていなかった。八木橋の携帯は電源が入っていた。壊れたなんて嘘だったんだ。カフェテリアのカウンターで慌てたのは演技だった。何故、何故そんなことを? 私にレッスン代を払わせて仕事を体よくサボるため? 酒井さんみたいに合コン目的で? 私が一人で来たのを知った時ガッカリした? サボれて女の子をからかい遊んで一石二鳥だった……?
いつものようにじゃれるように聞けばいい。預かったグローブを雪面目掛けて投げつけてやればいい。でも私はグローブを落とすことは出来なかった。嘘を問いただせなかった。怖くて聞けなかった。あっさり、ナンパ目的だと合コン目的だと認められたらイヤだから。何も言わずリフトが終着点に着くのを待った。八木橋も何も言わなかった。
リフトを下りる。無言で斜面の前に来る。
「……寒くなったね。私、これで上がるから」
そう言って私は勢いを付けて滑り出した。風を切る。露出した頬が、雪の結晶をモチーフにしたホワイトゴールドのピアスをした耳が冷えて痛くなる。でもそれがかえって良かった。胸の痛みを紛らわせてくれる。後ろから八木橋が追い掛けてくるのを期待する。誰かが私の後ろを滑ってるのは照明で出来た影で分かる。でもその影は後ろから怒鳴ることはなかった。弁解もしなかった。
麓のレストハウスまでノンストップで下りた。そして私はホテルの入口の方へ、影はスクール小屋の方へ曲がった。私は板を外し、自分の部屋のあるコンドミニアム棟へ続く地下道に入って行った。