雪の足跡《Berry's cafe版》
9時過ぎに八木橋が壁の時計を睨みながらベッドから下りて、ようやくその腕から解放された。備え付けの浴衣を羽織り、窓を開けた。肌寒い空気が入り、私は身震いする。寒いからじゃない、直にここが私の拠点になると思うと緊張して。
「薬局には明日にでも申し出て、引き継ぎを終えたら退職しようと思う」
無理すんなよ、と八木橋は言いながら浴室に入っていった。
朝食を作り二人で食べて、ハーブ園に出た。高原特有の爽やかな風。見下ろせば輝く湖。ポピー畑。寝不足な体に染み込むような空気、景色。
「ほら」
「あ、うん」
八木橋に、下見しといた方がいいだろ?、と誘われた青空教会。遠巻きにそれを眺める。そのフラワーファームの中央広場に木のベンチがいくつも並び、スーツや留め袖を着た親族や色とりどりのドレスを着た女性が今かと式が始まるのを待っている。
「あ……」
「来たな」
白いドレスを着た新婦が年配の男性に手を引かれて温室の中から出て来た。多分父親。父親は既に泣き腫らしたのか鼻の頭や目が赤い。二人は坂をゆっくりと歩いて下る。
その二人の姿は自然と父と私の姿に重なる。父が生きていたらこうしてバージンロードを歩いていた筈だから。