雪の足跡《Berry's cafe版》


……でも今日は、拾い上げてくれる人はいない。

 仕方なしにしゃがむ姿勢で片板に乗り、流れた板までゆっくり滑る。自分で拾って斜面に垂直に置き、立ち上がって板をはめる。昨日みたいに板を押さえてくれる人はいない。大体、八木橋が残したシュプールなんて降る雪で消えてしまってる。

 10時になり、ロマンスリフト乗り場近くのレストハウスが開店した。休憩に寄る。ドーム型のチーズケーキ、コーヒー。向かいでハート型のチョコケーキを食べる人はいない。さっき化粧室で直したばかりの頬に水滴が伝う。昨夜直したネイルは誰が見る訳でもない。美味しかった筈のチーズケーキも今日は味がしなくて、そこで私は酒井さんが出したインスタントコーヒーがケチって薄かったんじゃないことに気付いた。八木橋がとっくに別れたと言うのを聞いて安堵したのは彼女への罪悪感ではないことに気付いた。

 再び化粧を直して板を履く。一度、麓のゲレンデまで下りた。レッスンが始まっていてあちこちに赤いウェアのインストラクターがいた。女性、男性、ボードのインストラクター、勿論生徒側もいろいろだった。初めてらしい若い女性グループ、初老の男性、兄弟らしい小学生たち、そしてまだ幼稚園くらいのちっちゃな女の子。


「ミサキちゃん、上手~。ほうら、もうこんなに滑ったよ」


 聞いたことのある声。


「一人でがんばったね、えらいっ」


 八木橋だった。二人から離れた位置で止まる。八木橋は谷を背にして板を逆ハの字にして、後ろ向きでゆっくり滑っていた。ニコニコと口元を緩めて、あんなに優しく教えられるんだ、アイツ。私には人目気にせず怒鳴った癖に。


『ユキ、頑張ったね』
『偉いよ、ユキ』


 幼い頃の記憶。優しい八木橋の台詞は父と重なる。でも違う。私は優しい父が欲しいんじゃない。私は、私は……。

 ふと八木橋がこっちを見た。盗み見てるのを気付かれて、慌てて斜面を滑り下りた。二人の横をすり抜けるけど、八木橋は何も言わなかった。


 もう、認めてしまおう。認めないなんて出来ない……。


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