雪の足跡《Berry's cafe版》

 廊下に出て向かいの給湯室に入る。いつも借りてる八木橋のマグを手にしてインスタントコーヒーを入れた。マグぐらい自分用のを買おうかと思った。ホテルの売店にもお土産用に置いてあったし、そういえばフラワーファームにも売店はある。ついでに八木田橋の仕事の様子をこっそり見ようとフラワーファームに向かった。

 真夏、高原の爽やかな空気。歩道から見下ろすとラベンダー畑が見えた。


「ん??」


 静かな園内から騒がしい声がする。人の声に混ざって犬の鳴き声。よくよく見ると遠くで八木橋と来園者が立っていた。私はシーズンパスを提示して急いで中に入った。


「ラッキーちゃん、いい加減に離しなさいっ」


 いたのは可愛い名とは程遠い中型犬とその飼い主、八木田橋や他スタッフ、野次馬が数人。そのラッキーちゃんという黒っぽい犬はウーウー唸りながらよだれを垂らして何かを噛んでいる。


「ヤギ、どうしたの?」
「あ、いや……」


 八木橋は顎を手ですり、困ったときの癖を見せた。目線はラッキーちゃんの口元。


「……ええっ、ちょっ」


 くわえていたのは八木橋の携帯だった。


「すみません、自宅のインターフォンと同じようなメロディに反応してしまって」


 飼い主の年配の女性は説明を始めた。自宅で来客がある度に吠える番犬的なラッキーちゃんは八木橋の携帯の着信音に反応した。突然勢いよく駆け出したラッキーちゃんに飼い主はうっかりリードを離してしまった。ラッキーちゃんは八木橋のすぐ背後に駆け寄り吠える。それに驚いた八木橋は携帯を落とした。
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