雪の足跡《Berry's cafe版》

「ち、違うわよ。だから……気を遣わないで」
「遣ってねえし」
「遣ってる」
「俺が気を遣ったことあるかよ」
「そうね、ヤギみたいなデリカシーのない人が気遣う筈なかったよね」
「そういうデリカシーのない奴と結婚するのは何処の誰だよ」
「だって……や、やあっ」


 気がつくと周りにいたスタッフや来園者から注目を浴びていた。皆がクスクスと笑っている。一気に顔が熱くなった。


「アホ」
「ヤギこそ」


 八木橋は尻尾を振ってドッグフードを食べるラッキーちゃんを見下ろしていた。


「……恋人らしいこともしてねえうちに結婚するからさ」
「え……」
「だから、俺がお揃いにしたいんだよ。アホっ」


 周りがヒューと口笛で囃し立て、八木橋もほんのり顔を赤くした。本当にお揃いにしたいのか、私を気遣かってかは分からない。それも八木橋なりの気遣いだと思った。


「い、色違いならお揃いにしてやってもいいわよ」


 私はそう言うのが精一杯だった。ラッキーちゃんの飼い主は弁償しますと繰り返したが、八木橋は買い替えるつもりだったからと何度もいい、申し出を断った。

 八木橋が仕事を終えるのを待って、麓の携帯ショップに行く。ショップ店員はボロボロの携帯に苦笑いした。ヒビの入った液晶画面、歯型の付いたボタン、傷だらけの表面。
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