雪の足跡《Berry's cafe版》
「……」
更に引っ掛かる酒井さんの言葉。もし八木橋が仕事で立ち位置を確立しようとしてるなら、それは柏に置いてきた両親に対するものだけじゃない。私に対しても同様に感じてるんじゃないかって思った。結婚するのに仕事を辞めてここに来る私に負い目を感じてる筈だから。
私は一度車のエンジンを止め、携帯を取り出して手にした。昨夜買ったばかりの真新しい携帯。色は違うけど八木橋とお揃い。
「遠慮するななんて言った癖に自分は遠慮してるんじゃない……」
恋人みたいなことがしたいなんて言って私には気を遣って携帯をお揃いにして、遠慮するなって甘えさせて、何だか八木橋が狡く思えた。いや、絶対狡い。
慣れないボタンを操作して八木橋に電話した。
「ねえっ」
「ユキか。俺、仕事中だぞ、アホ」
「アホ?? アホはヤギでしょ」
「はああ? いい加減ヤギって呼ぶのをやめろよアホ!」
「そっちこそアホって呼ぶのやめたら? アホと結婚するのはヤギでしょ」
「ヤギヤギうるせえよ」
仕事中なのは悪いと思ったけど気になるから尋ねた。
「ねえ、技術選って」
「技選?? 急用じゃねえのかよ。いま手が離せねえから、じゃあな」
「ちょっ……」
聞こえてきたのはツーツーという機械音。通話は切れた。私が悪いのは分かっていたけどムカついた。仕方なく携帯を置き、車を発進させた。
雪のない磐越道、東北道の景色に違和感を持つことは無くなった。新しい生活をするための準備に緑の中を毎週のように走る。年末に初めて訪れてから何回通っただろう。