雪の足跡《Berry's cafe版》
路面に私の足跡がつくんじゃないかと思うくらい。つく筈もないし、見える筈もないのに。
「足跡、か……」
そんなもの、仮についたって誰が見るものでもない。人の足跡なんて強盗事件とか傷害事件とかでも無ければ調べたりしない。動物の足跡なら、例えばうさぎの足跡が雪面に残されていたら指で跡をなぞるかもしれない。それだって春に雪が溶ければ消える。
「ただいま。うわあ、母さんいい匂い」
自宅に着くと、母はキッチンで煮物を盛りつけていた。亡くなった父が好きだった煮物。今は亡くなった父が直に口にはしないけど母はよく作る。しかも父が気に入っていた車麸を入れた筑前煮。
「父さん、好きだったよね」
「ユキもね。小さかった頃、麸をまあるく切り抜くように食べてたわね。メガネ、って」
母は人差し指と親指で小さな輪を作り、そこから覗いた。
「うん。懐かしい」
「手づかみ止めなさいってよく怒鳴ったわね」
「それも懐かしい」
父が亡くなってもうすぐ4年になる。父は生きてると思えるようになった。父が愛していた母が目の前にいる。可愛がってくれた私がいる。父が母を思いやって建てた家がある。挙げればキリが無い。そうしたものに囲まれていると、父は亡くなったんじゃない、今は見えないだけだって。そう思えるようになった。
「母さん、技術選って」
「技選?、スキーの?」
「研修会に出ないと駄目なの?、父さん出たことある?」
母は小皿に筑前煮をよそり、仏壇の前に行き、父の遺影の前に置いた。線香をあげ、手を合わせる。