雪の足跡《Berry's cafe版》

「父さん、もう時効よね」
「時効?」


 母は再びキッチンに戻り、夕飯の用意をしながら話し始めた。


「出たことあるわよ、父さん」
「ふうん」


 八木橋さんみたいに全国大会は行けなかったけれどもね、と母は笑った。


「毎年県予選、しかも初日で敗退。それだって全然惜しくもないのよ、下から数えて3番目とか」
「父さん上手かったのに?」


 ユキは父さん贔屓ね、上手な人は沢山いたし、と言いながら日本酒を出した。


「私、父さんが技術選に出場してたなんて知らなかった」
「だってユキが生まれたら技選は辞めたもの」
「え?」
「スキー以上に大切なものが出来たからよ」


 急斜面でスピードを要求される競技、転ぶだけでも怪我につながる。これから家族を支える大黒柱が怪我など出来ないというプレッシャーがあった。


「それにね、研修会やら勉強会やら毎週のように講習があってね。そしたらユキの世話も出来ないでしょう?」
「じゃあ私のために」


 母は父が生前に愛用していた大振りの猪口になみなみと酒を注いだ。まあ年齢も年齢だったし諦めもついたのかもしれないわね、と母は言う。私は母から差し出された父の猪口を持ち、仏壇の前に立つ。父に尋ねてみるけど遺影の父は笑ったままだった。母も仏壇の前に来ていた。


「ユキの生まれた日もそうだった」
「え」
「技選県予選だったのに父さんは行かなかった。夜中に陣痛が始まって産婦人科まで父さんに送ってもらって、父さんそのまま産婦人科にいたのよ」

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