雪の足跡《Berry's cafe版》
結婚して本当に子供が出来たら八木橋は子供を最優先にする。するなと言ったところで無駄なのも見えている。なら、今しかない。八木橋が自分のスキーに専念出来るのは。
「研修会、行きなさいよ」
「何だよ、上から言いやがって」
「来月でしょ、今から休暇取ればいいじゃない」
「アホ、遊びで休みが取れるかよ」
「ねえ、遊びなの? ヤギに取って技術選は遊びな訳??」
私は八木橋を煽った。それは八木橋のためだけじゃない、きっと亡くなった父を弁護したいのもあった。たとえ初日敗退でもスキーを技術選を諦めなかった父。志半ばと言えば大袈裟だけど若くして亡くなった父は生きていたって認めて欲しかった。
「遊びな訳ねえだろ」
「なら食いついたらどうなのよ」
「食いついたって上位入賞は難しいし、入賞したってプロになれる訳じゃねえし」
入賞はおろか県予選落ちした父の名は何処にも刻まれてはいない。私は足跡を思い出した。高速道路の路面に私の足跡は残されてはいない。ついて消えたとしても、誰も気に留めはしない。でも私はここにいるって胸を張りたい。仮に八木橋の言うように入賞出来なくたって八木橋には胸を張っていて欲しい。いつか生まれてくる恋雪にも。何より私に八木橋自身に。
「結果なんてどうでもいいじゃない。やりたいんでしょ?」
「……」
「やりたいならやればいいじゃない」
「アホ……」
そう呟いたまま八木橋は再び黙り込んだ。きっと考えてるんだろう、研修会に出るために休暇を取って解雇されたりしないか、私やこれから生まれるであろう新しい家族を養っていけるかとか。八木橋は恩着せがましくそんなことを口に出せない、だから黙っている。そう思った。