雪の足跡《Berry's cafe版》
コートを羽織り、宿舎の玄関から外に出る。空を見上げれば変わらず曇天。毎日そんな日が続いてる。浦和なら今の時期、からりと晴れた日ばかりなのに。
スクール小屋に着くと酒井さんは明るく出迎えてくれた。他のスタッフが不器用な手つきでホールのアップルパイを切り分けている。私は手を洗い、そのスタッフと代わった。人数に分け、皿に取る。アップルパイは私を呼ばなくても食べ切れる量……。酒井さんが私を気遣かって呼んでくれたのだと思った。
酒井さんがインスタントコーヒーを入れ、皆で席につく。スタッフ皆は私を八木橋が座る席に座らせた。そこに置かれていた何かのパンフ、酒井さんは邪魔だね退かすね、と拾い上げた。
「あ、酒井さん。それ」
「これ? 板のパンフ、ニューモデルの」
見る?、と酒井さんは私に差し出した。表紙に八木橋の字でゴチャゴチャとメモが書かれていた。中を開くと付箋紙も貼られている。値段は全てオープン価格と書かれていて実際の値段は分からなかった。その中でも目立つ板にサインペンでグルグルと印しがつけられていて、一目瞭然、八木橋がこの板に惚れ込んでるのが手に取るように分かった。
「これ、20くらい?」
「ビンディング付けたら30行くかなあ。いいよね、それ。俺も欲しいんだ」
酒井さんの“俺も”という言葉に確信した。八木橋はこれを欲しがってるって。私はそのパンフを穴が開くかと思うくらいに見つめた。技術選は3月。今注文して今から履けば多分足には馴染む。パンフを裏返して注文先を見る。その会社は勿論、八木橋がサポートしていたスキー制作会社。担当名も書かれていた。
「ヤギ姉もいいと思う?」
「あ、うん。でも私にはあの板があるから」
八木橋が制作に携わった板。私と八木橋を結んだ板……。酒井さんが、はいはい御馳走様、と言うと皆が笑った。恥ずかしくて顔から火が出そうだった。でもいい、私もつられて笑顔になった。ふと思い付いた、今私が八木橋にしてあげられること……。