雪の足跡《Berry's cafe版》
八木橋の好きなチョコケーキを焼こうと思った。でもコンドミニアムの部屋にはオーブンもケーキ型もない。やったことはないけど炊飯器で焼こうと思った。コンビニにはホイップクリームは無くて、板チョコを溶かしてコーヒークリームで延ばして生チョコ風にしてサンドする。麓のスーパーまで車を出して市販のケーキを買いに行くという手段もあったけど、わざわざ八木橋のために用意したみたいに取られそうでやめた。あくまで残り物のスタンス。
もし八木橋が来なければ来なくてもいい。そういう運命だったと諦める。その程度の縁だった、って。来たって来なくたって、この旅行限りの縁。結ばれないのは見えてるんだから。食材だって生ものは持ち帰れないから捨てるだけだし。大体、元カノの画像を後生大事に保存してた八木橋が私を好きになるとは思えない。
そして炊飯器にケーキ生地を仕込み、大浴場に行く。洗い場の椅子に腰掛け、鏡を見る。寂しそうに笑う自分。首、肩、胸。20代前半のピークを過ぎて肌のハリは落ちたかもしれない。でももしかしたらそうなるかもしれない。そうなって欲しい。あの広い背中に、肩に抱かれたら、どんなに幸せだろう、って……。露天風呂にも浸かり外の雪景色を眺める。明日には雪の無い自宅に戻る。現実の世界。
お風呂から帰ると部屋は甘い香りで満たされていた。チョコの香ばしい匂い。初めて焼いた割にはきちんと焼けた。皿に取り冷ます。生チョコを作る。湯煎でチョコを溶かし、コーヒークリームを温め、溶けたチョコに少しずつ流し込む。これだって勘で適当に混ぜてるだけだから自信は無いけど、うまく作れたら八木橋の喜ぶ顔が見れる。
あらかたの仕込みを終え、次は髪をブローする。お化粧をする。ピアスを付ける。そして最後にマニキュアをする。淡いオレンジを下地に雪の結晶のシールを貼り、ラメ入りのパールホワイトを爪の先に塗る。淡いブルーもパープルもポーチには入っていたけど、このパステルオレンジが私の指の色には映えるから。