雪の足跡《Berry's cafe版》
最後に塗ったトップコートがキチンと乾く頃には17時を過ぎていた。窓の外はもう暗くなっている。マニキュア独特の匂いとチョコの甘い香りが入り混じる室内に気付いて、窓を開けて換気をした。冷たい空気と共に降る雪の粒も部屋に入る。床に舞い降りた雪はすぐに形を無くして水になる。
すると金属製のドアをノックする鈍い音が聞こえた。窓を閉めてドアに向かう。鍵を開けてドアノブを回す。扉を引くと黒いダウンジャケットの男性が立っていた。八木橋。
「よく分かったわね。いつもそうやって引っ掛けた女の子の部屋に夜這いしてた?」
「アホ。そんなんじゃねえよ」
背の高い奴を見上げる。いつもみたいに笑ってはいなかった。睨まれてるようで怖い。
「……入る?」
私は勇気を振り絞って誘った。答えを聞くのが怖くて目を逸らしたくなる。でも八木橋の一瞬の目の動きも見逃したくなかった。私を受け入れる気があるのか、って。
「いや」
拒否、された? でも八木橋も私から目を逸らさない。拒否された気がしない。
「……飯、行くか?」
八木橋が車の鍵らしき金属を指で摘んで揺らす。
「麓に美味いイタ飯屋があるんだ。詫びにおごるし」
「た、食べ物で誤魔化す気??」
「誤魔化す気なんてねえよ。ただ現金返しても受け取らないと思ったし」
素直じゃない自分を怨みたくなる。
「……夕飯、もう作っちゃって」
「そうか……」
目を逸らさずに八木橋の顔色をうかがう。食事の誘いを断られたからか少し大きめの息を吐いて頭を掻きながら俯いた。2人で沈黙する。
「ヤ……」
私が発した声に八木橋が顔を上げた。
「ヤギがお昼付き合わせたりするから買い込んだ食材余っちゃって」
目が合う。
「せ、責任取って食べてよ……」