雪の足跡《Berry's cafe版》
吸い寄せられるように迂回コースに行くと、ゼッケンを付けた母と叔父がいた。そして小学高学年の男の子と赤いウェアを着た八木橋。
「ユキ」
「ユキ」
母と八木橋の声が重なる。
「……さん」
八木橋が慌てて“さん”を付けた。親を目の前に呼び捨てが気まずかったみたいで。私は可笑しくて吹き出しそうになるのを喉元で堪えた。母に、知り合いなの?、尋ねられ、ちょっとね、と口ごもり気味に答えると八木橋が母に言った。
「お嬢さんが履いてる板、僕も開発に携わりまして」
そこにいた皆が驚く。私が一番驚いたと思う。本当は合コン目的で携帯を壊されたフリをした癖によくもまあ、しゃあしゃあと嘘を付けたと感心した。しかもそんな大層な嘘を!
「それで声を掛けさせていただきました」
ぬけぬけと八木橋はもっともらしく嘘を続けた。でも母に正直にナンパされたなんて言ったら心配すると考えて、八木橋に合わせることにした。母は、素敵なお仕事なさってるのね、と八木橋を褒め、八木橋は、いえ趣味の延長でお恥ずかしい限りです、と答えた。そのあとはレッスンを再開し、八木橋が手本を見せてそのあとに男の子、母、叔父と続く。後ろからそれを見守る。八木橋は同じ青山である母と叔父を、それぞれ、お母さん、叔父さんと呼び、私はなんとなく違和感を覚えた。よく、彼を父親に紹介して、“アンタに父さんと呼ばれる筋合いはない!”とでも言いたくなるような違和感。でも違和感にそのくすぐったさも感じた。もし、八木橋が恋人なら、自然にそう呼んでいただろうに、と想像した。
3人を教えている八木橋の背中。ウェアを着ているけど、あの背中に抱かれた記憶が蘇る。一人で勝手に顔を熱くした。苦しくて、その4人の脇を逃げるように滑り降りた。