雪の足跡《Berry's cafe版》
遅めの朝食をバイキング会場で取る。10時前にチェックアウトして荷物を積み込む。八木橋からメールが入る。
『本文:気をつけて帰れよ』
たった一言だった。
昨夜、あれから1時間程飲んだ後お開きになった。酒井さんは叔母達に、また来てください、春には隣接のフラワーファーム園も営業しますから、と宣伝していた。八木橋も叔父と母に、これを機会にスキーを再開してください、と声を掛けていた。
『ユキさんも気をつけてお帰りになってください』
八木橋は私にそう一言だけ告げて部屋を後にした。酒井さんのようにホテルの宣伝はしなかった。今シーズンこんなイベントがあるとか春スキー割引があるとか、そんなことは言わなかった。まるで、また来てください、って口が裂けても言いたくないみたいに感じて私は返事も出来なかった。あのキスは耳障りな私の声を塞ぐためのキスで、愛情なんてカケラもない、ただ煩いハエを追い払うためのものだって解釈した。やっぱり八木橋は一夜の遊びだったと知らしめられて、少しでも舞い上がる自分を馬鹿みたいに感じた。なのに……。
「なんなの、これ」
携帯の画面にたった一言、尊敬語でも丁寧語でもない文面。ぶっきらぼうに短い言葉で八木橋らしくて、そしてそれにホッとした自分がいた。でも悩む。何故、八木橋はこんなメールを送って来るのだろう。遊びなら放っておけばいい、逆にもっと遊びたいならチヤホヤする文章を送ってくればいい。こんな中途半端で気遣う内容……。八木橋の気持ちが分からない。分かりたいなんていう方が傲慢なんだろうか。
皆を乗せてホテルを後にする。湖面の波しぶきが凍ってるというので湖畔沿いに車を走らせる。隣市の有名なお饅頭屋に足を延ばす。近くのうどん屋で昼食を済ませてから高速に乗る。浦和に着いたのは夕方だった。まずは叔母達を送り、洗車場で車の足回りを流してから叔父夫婦を送る。置かせてもらっていた自分の車に乗り換えて、面倒だったのでファミレスで夕食を取り、自宅に着いたのは20時を過ぎていた。