雪の足跡《Berry's cafe版》

「大人からの指名は断ってるからね」
「ロ、ロリコンだからじゃないですか??」


 酒井さんはまた笑う。技選出場者や全日本公認デモを志願するようなスキーヤーから指導を受けたいと指名されることもよくあるけどヤギは断ってる、と。


「技術は“教わる”モンじゃねえ、“盗む”モンだ、って」
「盗む……」
「そのかわりヤギはいつも仕事上がりにナイターで滑ってる。後継の学生や若手スキーヤーに模範を示すように、好きなだけ盗めと言わんばかりにね」


 まあ、そう言われても盗めるものじゃないけどね、と酒井さんはまたラーメンを啜りはじめた。私もパスタをクルクルと巻く。青山さん、今日も泊まり?、と尋ねられて、日帰りです、と答えた。酒井さんは、合コンは出来ないかあ、残念!、と笑った。


「でも滑ってるうちにヤギも帰って来るだろうから、そしたらお茶しようよ。ロビーのロールケーキ美味しいよ」
「でも……」
「予選結果も聞けるし、ケーキ好きのヤギも喜ぶから」
「……」
「ね?」


 そう言うと私の返事も聞かずに、酒井さんは午後のレッスンがあるからとカフェテリアから出て行った。このまま上がるつもりだったから悩む。八木橋が帰ってくるのを待ってから帰るか、帰ってくるって何時だろう、7時に浦和に着くとして逆算する。


「……」


 何とか八木橋に会おうとしてる自分にハッとした。

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