【短】愛のひかり
「おはよう」

「行ってきます」

「ただいま」
 


彼が口にする、聞きなれた毎日の挨拶も、夫婦という形でなら全くの別物に思えた。


今まではお父さんやお手伝いさんたちにも向けられていた言葉。


だけど今は、私ひとりに対して言ってくれるから。



「そんな些細なことで喜ぶなんて」


と彼は笑ったけれど、

些細であればあるほど、それは私の中で何倍もの大きさにふくれ上がった。
 


彼は私を喜ばせるのがうまい人。


特に、手料理を褒められたときはとびきり嬉しかった。


料理上手な女性が理想だと以前から聞いていた私は、結婚が決まってすぐに教室に通い始めたのだ。


レパートリーが増えるにつれ、妻としての階段を一段ずつ上がっているような気持ちになれた。



彼のお気に入り料理は、熱々のローストチキンや、海老のかき揚げ。

それと、白玉団子も。


しょっちゅう同じものをリクエストしてくる子どもみたいな彼がいとおしかった。




……だけど、
いつの頃からだろう? 



彼の好物ばかり並んだ食卓に、

肝心の彼がいないことが増えたのは。








『ごめん。今日は遅くなりそうだ』


電話から聞こえてくる、申し訳なさそうな彼の声。


“今日は”じゃなくて“今日も”でしょう? 

と言いそうになるのをこらえ、私は微笑む。


「そう、お仕事大変ね」

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