【短】愛のひかり
顔の見えない電話で微笑む必要なんてないのに、と自分でも可笑しく思うけれど。


無表情のまま声を出したら、きっと感情がにじみ出て彼に伝わってしまうだろう。

それを避けたかった。



『本当にごめんな。先に寝といてくれていいから』
 

こういうときの彼の声は、普段よりもさらに優しい。


なのに私の耳は彼の声ではなく、その後ろの、車が通る音や人の話し声などを無意識に拾おうとしてしまう。
 


ねえ、本当にお仕事なの?
 
一緒にいる人は男性なの?
 

胸にうずまく疑問を深呼吸で抑え、私は言う。


「わかった。お仕事がんばってね」
 


どうにか平静を保ったまま電話を切り、彼のいないダイニングでひとり、うなだれた。



テーブルには今日も食べてもらえなかった料理が並ぶ。


冷製パスタに、ヴィシソワーズ。


冷める心配がいらないものばかり作る最近の自分に、苦笑いしかできなかった。
 


こんなことが今週だけで、すでに3回だ。


彼が毎日帰ってきてくれたのは新婚の頃だけで、そのあとはまるで独身時代と同じように、しょっちゅう家を空けるようになった。



“仕事”で遅くなる予定のある日、彼は、私以上に寂しそうな顔をして言う。


「本当はオレもさっさと仕事を切り上げて、紫乃の顔が見たいんだよ。
できるだけ、早く帰ってくるからさ」
 

この言葉がどれだけ私を期待させ、縛りつけるか、彼は知らないのだ。
 



ひとりきりで彼の帰りを待つ部屋。


3LDKのマンションも、
白い家具も、
輸入物の食器も、

一緒に選んだものばかり。
 


この部屋が彼にとっても
“居場所”になるのだと、思っていたのに。





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