【短】愛のひかり
「光?」
突然の抱擁に戸惑ってしまう。
彼は腕を回したまま、私の髪に顔をうずめた。
熱い息がうなじにかかった。
「紫乃。驚かないで聞いてほしいんだ」
くぐもった声に、うなずいた。
妙な胸騒ぎがした。
「……オレ、明日から神戸に行くことになった」
「え?」
「数年は戻ってこられないと思う」
驚くなと言う方が、無理だ。
嘘、冗談でしょう?
明るくそう言って、さっさとこの嫌な空気を掃ってしまいたい。
なのに、声が出ない。
振り返って彼を見てみると、怖いほど真剣な顔をしていた。
「父さんの命令でさ。政治家修行ってやつ? いきなりすぎて参ったよ」
張り詰めた表情には不釣り合いの、軽い口調。
何かを隠している。
いや、言えないんだ、私には。
さっきの留守電を思い出した。
お義父さんのあの様子からも、ただの転勤じゃないことは明白だった。
「オレが一人前の政治家になるためなんだ。ごめんな」
私が何も言わないうちから先回りして謝る彼。
嘘をつくのならもっと上手についてほしい。
私を傷つけないための嘘なら、なおさらだ……。
「東京にいられない事情ができたのね?」
一粒の涙と共にそんな言葉をこぼしたら、彼の眉間に切なげなしわが浮かんだ。
次の瞬間、骨が砕けそうなほど強く抱きしめられた。
「紫乃……、やっぱり君には隠し事なんかできないんだな」
観念したようにつぶやき、彼は真相を語り始めた。
それは私が覚悟していたのよりずっと、辛い現実だった。