【短】愛のひかり

どれほど私が彼を愛していても、命という圧倒的な存在の前では意味がない。


ましてや独りきりで母親になろうとしている女性を、同じ女の私がどうして邪魔できるだろう。
 


選挙に当選した彼が多忙な毎日を送っている間にも、あの人のお腹では彼の子がすくすく育ってゆく。


大きなお腹をさすりながら、まだ見ぬ我が子に父親のことを語って聞かせる姿を想像すると、嫉妬よりも恐怖を感じた。
 


彼は子どもの話題には触れなかった。

けれどそれは、私に気を使ってのこと。


常に神戸からの電話を気にしたり、テレビに赤ちゃんが映ると釘付けになったり、

彼の本心は無意識のうちににじみ出ていた。
 


そしてとうとう訪れた、その日。


朝からソワソワと様子のおかしい彼に私は言った。



「電話してみれば? 今日は、予定日なんでしょう?」
 


私が出産予定日を知っていたことに、心底驚いた顔をする彼。


素直すぎる反応が少し悔しい。


「どうしてそれを……?」
 

彼の問いかけには答えず、私は無言で微笑んだ。
 


“どうして”? 

そんなの、わかるでしょう? 

あなたはさっきから携帯をチェックしてばかり。

朝食だってほとんど残したじゃない。

あなたの心は今、ここにないじゃない。

出産が迫っていることくらい、教えられなくても嫌でもわかるわ。


あふれそうなる言葉を飲み込み、私はテーブルの上の食器を黙々と片付ける。
 


そのとき、彼の携帯が鳴った。


< 35 / 60 >

この作品をシェア

pagetop