【短】愛のひかり
その日、彼の帰りはいつもより遅かった。
「こんな遅く帰ってくるなんて、久しぶりね。
……お仕事忙しかったの?」
「え? いや、そんなわけじゃないけど」
言葉を濁すような態度に、不安はますます膨れ上がる。
はっきりと聞きたい。
だけど、聞くのが怖い。
ねえ、光。もう私を裏切ったりしないでしょう?
昼間にあなたを見たというのは、見間違いでしょう――?
「――紫乃、オレさ」
彼の顔が急に真剣になった。
「実は今日、不動産屋に行ってきたんだ」
彼はおもむろに鞄から茶封筒を取り出し、中身をテーブルに広げた。
ざっと見ただけで10枚以上はある白い紙。
それは紛れもなく、不動産屋でもらう物件情報のコピーだ。
だけど予想と違ったのは、どの物件にも『貸し店舗』という文字が記されていたこと。
「光、これって……」
「料理教室を開くなら、場所が必要だろ?
ま、紫乃の希望も聞かずに動いたのは、フライングだけどさ」
そう言って微笑む彼。
私は呆然としながら、コピーを一枚ずつ手に取って見る。
不動産屋の名前は同じところばかりではなく、数ヶ所回ってくれたことがわかった。
……浮気なんかじゃなかった。
それどころか彼は、私のために遅くまで物件を探してくれていたんだ。
「紫乃。君の夢を応援させてよ。オレも千絵も、君の料理が好きなんだ。
紫乃だって、自分の料理が好きだろ?」
そうだった。
私は人に喜んでもらうのと同じくらい、自分自身が料理に喜びを見出していた。