【短】愛のひかり

……初めて声をかけてもらったあの日から。


光。

あなただけが、私の道しるべだった。


あなたを愛して喜びを知り、そして同時に哀しみも知った。



光に出会わなければ苦しむこともなかっただろう。


だけどそれが幸せだったなんて、やっぱり私には思えない。



今、気づいたの。


哀しみは私を傷つけたけれど、

決して、私を不幸にはしなかったこと。



「ねえ、光。私……幸せだよ」


「オレも。ううん、たぶんオレの方が幸せだ」


「どうして?」


「君にごはんを作ってもらえる。キッチンに立つ君の後ろ姿を、毎日見ることができる。
あんなに幸福なものはないよ」
 


小さな小さな幸せ。


さんざん遠回りしたわりには、ささやかすぎると人は言うだろう。
 


だけど小さいからこそ、見失わないように大切にし続けたいんだ。


10年後、20年後、変わらず隣にいられるように。

 


ねえ。光、千絵。
 


私たちのいる場所は、

こんなにも今、
愛のひかりであふれている。















「――先生。紫乃先生」
 

遠くを旅していた私の意識を、その声が引き戻した。
 

ハッとして顔を上げると、料理教室の生徒たちが不思議そうに私を見つめていた。


「パエリア、焼けたみたいですよ?」

「あっごめん」


私は手にしていた雑誌を置き、立ち上がる。

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