【短】愛のひかり

オーブンを開けると、香ばしい匂いが部屋中に広がった。

いつの間にか、いい具合に出来上がっていたみたいだ。


「紫乃先生ったら、真剣に自分たちのなれそめの記事を読んでるんだもん。

よっぽど光さんとの生活が幸せなんですね」
 

生徒のひとりがからかうように言った言葉に、

私は、満面の笑みで答えた。


「もちろん。すっごく幸せよ」












……いつだっただろう。


ふと、彼がこんなことを言った。



“紫乃は、全てを受け入れてくれたよな。

哀しみも、葛藤も、全て”



たしかに彼と歩いてきた15年の道のりは、けっして平坦ではなかった。


必死に乗り越えた山や、二度と這い上がれないと思った谷。


平坦な道よりずっと長い距離だった。



けれど、“受け入れた”というのは少し違うと思う。


何かを許したり受け入れたり、そんな立派なことは、私にはできないから。
 


私はただ、
光を心から愛し貫いた――


その先に、今があっただけ。






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