鉄の薔薇姫
3章
恋情劣情
夕刻、調練を終え、疲れ果てた兵士たちが隊舎へ帰ってきた。
湯を浴び、夕食や飲みに外へ出る者が行き交う中、レンカはひとりトボトボと歩いていた。
脳裏には昼間の光景、楽しそうに対峙するシアとリルアムが浮かぶ。
この一組の上司と部下が親友のように仲睦まじいことは、誰しも知っている。
首都ガラタシャで違法な賭格闘をしていたシアをリルアムが兵士に拾ったという逸話は有名だ。
しかし、レンカは上官の別な側面を知っていた。
夜を過ごした際、一度だけシアが先に寝入ってしまったことがある。
隙のない彼女にしては珍しいことだ。
レンカは愛おしくその黒髪を撫でたのだ。
『リルアム……』
彼女の口からその名がこぼれた。
夢を見ているのだ。
少女のような微笑をたたえ、呼ぶ男は、リルアム・ユース。
大貴族でありながら、前線部隊にある実力者。
遊撃隊を率いる統括隊長。
シアの上司にして同胞。
彼女が恋をしていることなど、笑い合う二人を見れば、容易に想像が付いたはずなのに。