マッドメシア
マッドメシア
「死ね」「消えろ」等々の落書きだらけの教科書。
砂塗れのお弁当。
今朝からずっと行方不明のままの上履き。
一つひとつ思い返しながら、夕日の赤い光の差し込む教室で1人、深く長い息を吐く。
私は、世間一般で言うところの、いじめられっ子だ。
どうして私がこんな目に合うようになってしまったのか。
その原因ははっきりしている。
もともとこのクラスでいじめられていたのは、私ではなく、他の子だった。
端的に言えば、私はその子を助けて、いじめっ子達に目をつけられた。
なぜ、この私が、あらゆる物事に対して無感動なこの私が、誰かを助けるなんて、そんな立派なことをし得たのか。
実を言うと、自分でもかなり不思議だ。
けれど、それはきっと、本当にただの気まぐれだったに過ぎない。
あるいは、ちょうどそのとき、安っぽいヒロイズムにでも浸りたい気分だったのか…。
否、そんなことはどうでもいい。
兎に角。
そんな一刻の気分に身を任せてしまったせいで、私は“いじめ”というとてつもなく厄介なゲームに巻き込まれてしまった。
そしてここで、もう早速話の本題に入ろうと思うのだけれど。
その本題というのが、今朝、下駄箱に入っていたある手紙についてだ。
一応先に言っておくけれど、もちろんラブレターなどではない。
―――今日、放課後、貴様の教室にて待つ。
三つ折りにされたA4のコピー用紙のど真ん中に、なかなか達筆な字でそう書かれていた。
差出人の名前はなく、ただのいたずらの可能性が高い。
まぁ、何にせよ。
私は、ずっと待っていた。
その手紙の差出人を。
正直、それがいたずらでも、いじめでも、何でもよかった。
言うなれば、それは些細な好奇心からだった。
イマドキ“貴様”なんて言葉を使う哀れな中二病末期患者の顔を、少し拝んでみたくなった。
ただ、それだけだ。
最後の授業を終えてから、数時間が経ち、もうそろそろ下校の時刻が近づいていた。
“貴様の教室にて待つ”と手紙にはあったけれど、結局待ちぼうけをくらったのはこちらの方だった。
ただただ時間を無駄に浪費させるという地味なダメージを与えることを目的とした、いじめの一環だったのだろうか。
否、弁当に砂を塗すような奴らがそんな可愛いことをするなんて考え難い。
―――仕方ない。もう諦めて帰ろう。
椅子から立ち上がり、鞄を手に取りかけたそのときだった。
「初めまして」
教室の入り口に、見知らぬ男子が佇んでいた。
窓際の席から見た彼の顔は影がかかってはっきりとは見えないけれど、綺麗な造りをしているということだけは見て取れる。
「初めまして」
彼に倣って、私も微笑んだ。
「いい子だね。ちゃんと、待っててくれたんだね」
柔らかい口調とともに、彼は数歩、こちらへと近づいた。
「あなたがこの手紙の差出人?」
例の手紙を広げて、彼の眼前へと掲げて見せる。
彼は笑みを崩さず頷いた。
「それで?私に何の用?」
鞄の中に手紙をしまい、再び彼の目を見た。
瞬きをすることさえ惜しんでいるかのように、彼はじっと私を見つめていた。
まるで、何年も前の思い出の写真を懐かしむような、温かい、それでいて切なげな、そんな目だ。
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