マッドメシア
「鋭いね、君は」
「このくらいで鋭いなんて、私をバカにしてるの?」
「何の価値判断能力も持たない。そういうふうに作られたはずだったんだ。でも、きっとどこかで、いつの間にか自我が芽生えてしまったんだと思う」
「一体どこで?」
「さぁ、どこだろうね。もしかしたら未来の君が死んだときかもしれない」
「そう。ところで話は変わるけれど」
「うん」
「未来でどうせ死ぬなら、今私が死ぬ必要はあるの?そもそも、今の私が死んだ世界の記録にどれほどの価値はあるの?」
別に命乞いをしたいわけじゃないけれど、もし本当に殺されるのだとしたら、せめてこれくらいのことは聞いておきたい。
「英雄は、一度生まれてしまえば、きっと永遠に死なない。だから、英雄になる前の君を殺したあとの世界の記録は、あらゆる世界の比較対象として最も価値のあるものの一つだよ」
「話の筋とは関係ないけれど、あなた、今また一つ価値判断をしたわね」
「そうだね、きっと失敗作だよ、俺は」
「それもまた、あなたの論理から下した価値判断ね」
「これは俺の論理じゃなくて、未来の君の論理だよ」
「同じことよ。論理なんて全部洗脳から成り立ってるんだから」
「そういえば未来の君も言ってたよ。洗脳から目覚めた人間のほとんどが今度はニヒリズムに目覚めるって」
ニヒリズム。
話の脈絡からなんとなくのニュアンスは分かるけれど、明確な意味は知らない。
これまでの人生で1,2回聞いたことのある程度の言葉だ。
「ニヒリズムの次は何に目覚めるの?」
「さぁ、それは人それぞれだよ」
「未来の私は、完璧主義者だから、次に目覚めるのにはまだまだ時間がかかりそうね」
「そうだね。俺もこれまで結構な量の記録を録って来たけど、まだまだ全然足りないってさ」
「本当に、とんだマッドサイエンティストね」
「そのマッドサイエンティストのおかげで、殺される宿命を背負わされてしまった気分はどう?」
「最悪ね。ちなみにだけど、今この瞬間も一応記録されてるの?」
「してるよ。ちゃんと今ここであったことも、貴重な記録として未来の君に届けられる。まぁ多分、処理の段階で真っ先に切り捨てられる部分に該当するとは思うけど」
「そう、それでも一旦知覚するのよね、今のこの私のことを。だったら、殺されついでに文句の一つも言わせて」
「お好きにどうぞ?」
具体的にどんな形式で記録しているのか分からないけれど、彼はアンドロイドみたいなものだと言っていたから、おそらく彼の目にカメラのレンズ的なものが組み込まれていて、それを四六時中起動させて、映像として記録しているのだと思う。
なんて、私も完全に中二病予備軍だ。